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 「ごちそうカントリー」取材記 (BackNumber) 
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 「くんちゃん徳さんの重箱の隅つつき」シリーズ第43弾をYouTubeアップしました

 今回のテーマは「愛しのトミー」
 「トミーって誰?」という声が聞こえて来そうですが、話は大谷翔平選手から始まります。彼に対するフィーバーぶりは周知の通りですが、何と160年前の江戸時代にもアメリカで超モテモテになった日本人がいたのです。それが「トミー」。日本人なのに何故「トミー」と呼ばれたのか、そして何故モテモテだったのか? さあ、ショータイム「人気者トミー物語」の始まりです。

  (左上のYouTube再生ボタンの付いたタイトル画像をクリックするとYouTubeページに飛びます)

「くんちゃんの独り言」インターネット収録配信(第3回)アップしました

    −ラジオドラマ「荒野のヘイヘイホー」にリクエストがありました−
      (白眉は山仲宣城アナウンサー渾身の「スネ毛」ギャグ)

 「くんちゃんの独り言」インターネット収録配信の第3回です。第2回配信に対してメールとYouTubeコメントをいくつか頂きました。それを紹介しつつ進めていきます。
 そして、その中のお一人からSBS静岡放送ラジオ1979.10.8放送の「夜をぶっとばせ!Part.2」で流れたラジオドラマ
 『マカロニウエスタン 暁に吠えろ!! 荒野のヘイヘイホー』
をもう一度聴いてみたいというリクエストがありましたので、この配信の中で公開することにしました。説明する必要もありましたので、本編は24分35秒あたりからです。
 当時放送局恒例の秋の編成替えの時、新編成スタート初日の月曜日AM1:00〜AM5:00の4時間「夜をぶっとばせ!」という若者向け番組のお祭りを生放送していました。その中にパーソナリティやディレクターによるオリジナルラジオドラマがあったのです。
 リクエストがあったのは「夜をぶっとばせ!」2年目に放送されたもので、マカロニウエスタンを(クリントイーストウッド主演の映画「荒野の用心棒」を)下敷きにした荒唐無稽なギャグドラマでした。
 母体となった番組名は「ぶっちゃけスタジオ Cut in!」。曜日別番組担当のアナウンサー4人とディレクター2人の計6人が演じたハチャメチャラジオドラマでした。
 当時をご存じ無い方にはさっぱり理解できない内容かもしれませんが、折角のリクエストであり音源も残っていましたので出演者全員の了承も頂いた上で公開に踏み切りました。あきれる方も多いとは思いますが、40年以上前にこんな放送もあったのだという記録とご理解頂けたらありがたいです。
 白眉は山仲宣城アナウンサーの「スネ毛」ギャグです。その謂われなどは本編の中で説明しています。山仲アナ渾身の演技に御注聴下さい。

     《物語のあらすじ》
 1890年代アメリカの小さな町「ヨサーク」。収穫期に襲ってくる盗賊に悩まされていた。この年も盗賊が襲ったが、一人のガンマン(用心棒)が居合わせた。盗賊とガンマン、そしてお約束の美女が入り乱れてのストーリーが展開する。

     《キャスト》
  キザな用心棒 クリンコ・ヘーストウッド…荻嶋正己AN(水曜担当)
  盗賊の首領  ヤメンコ・スネゲッティ…山仲宣城AN(木曜担当)
  その手下   ポコ…國本良博AN(火金担当)
  同じく手下  ポカ…鷹森 泉D
  絶世の美女  キレーラ・オレッチ…河野憲了AN(月曜担当)
  ナレーター…佐藤信雄D
     ※AN=アナウンサー、D=ディレクター(どちらも当時の職種)

  (左上のYouTube再生ボタンの付いたタイトル画像をクリックするとYouTubeページに飛びます)

「ごちそうカントリー」取材記

 静岡第一テレビ「ごちそうカントリー」(毎日曜日AM11:40〜AM11:55)の取材記です。
タイトル最初の三桁の番号は通算放送回カウント、再放送は含んでいません。続く日付は放送日です。
     (写真をクリックすると、大きな写真がご覧になれます)

320_20211017(日)わさび(伊豆市・伊豆の国市)

−組合組織で圃場を持つ県内唯一のわさび組合−
         (撮影協力:JA伊豆の国広報 山下りえさん)

 取材先は天城湯ヶ島の標高700mにある天城湯ヶ島山葵組合所有のわさび田。わさびの収穫は周年です。それを可能にしているのが豊富な湧水、それも年間通して水温が12〜13度と一定なのがそれを可能にしています。
 この共同のわさび田で10数人の皆さんが収穫に精を出していました。組合副会長でJA伊豆の国山葵委員会販売部部長の浅田利哉さんからお話を伺いましたら、作業されている皆さんは自分自身のわさび田を持ち、独立してわさび栽培もなさっている方たち。その皆さんが役割分担をして作業をなさっています。

 分担している役割は、収穫する「抜き手」・葉を落とし汚れた茎を落とす「分け手」・茎を切り落とす「切り手」・洗浄機でわさびを綺麗にする「洗い手」などです。
 その目的は先人たちが培ってきた栽培技術を伝承し、新しい技術も取り入れながら効率の良いわさび栽培をさらに向上させようというものです。そのためにも誰のものでもないわさび田で共同作業をすることにより技術の均一化を図るなど、情報交換や仲間意識の醸成を含めたトライをしているのです。組合組織で圃場を持ち、共同栽培している例は県内唯一だそうです。

 中伊豆のわさび栽培で忘れてはいけない「畳石(たたみいし)式」と呼ばれる栽培方法。「畳石(たたみいし)式」というのは地盤を掘り下げ大きな石から小さな石の順に敷き詰め、表面に砂をのせて田を作るやり方。水が石の間を通ることによって濾過されるのと同時に空気を含んで、わさびの根に常に新鮮で綺麗な水が均一に流れることにより、品質の高いわさびができる訳です。
 また上流の田の汚れや濁りも取り除かれるので、上の田と下の田の均質化に役立っています。

 《おいしいをつくりましょ。》
   「わさびみそ」
作り手はJA伊豆の国女性部グループ「竹の子かあさん」の
       堀江幸子さん・鈴木明美さん
 作り方はシンプルです。
・味噌と砂糖を混ぜて火にかけ練り上げる
・生わさびをフードプロセッサーで細かくする
・味噌を冷ましたら細かくしたわさびを混ぜて完成
 わさびの辛さが砂糖によってより辛くなるんですが、御飯との相性が抜群に良い。何杯でもいける感じでした。写真のようにいろいろな食材に付けてたべて美味しいのですが、左下のチーズの横にあるのが山芋を焼いたもの。これがイケました。山芋の風味はしっかりとありながらわさびみそとの融合が美味しかったです。

《今回の一枚》
 我々が食べるわさびはいわゆるイモの部分ですが、本当は余すこと無くすべて食べられます。今回「わさびみそ」はイモの部分を細かくして混ぜ込みましたが、以前は根の部分を使っていたそうです。ひげ根を取った白い根は辛みが強く「わさびみそ」に最適だそうで、農家自身はそうやって作っていることも多いとか。
 その根を沢の綺麗な水で洗って志帆ちゃんがかじってみた写真です。当然ながら「辛い!」と叫んでいました(^_^)

野菜賛歌を作りました

 リポーターとして出演している「ごちそうカントリー」番組担当丸3年経った時を契機に軽いタッチの「野菜賛歌」を作ろうと思い立ち、出来上がった曲です。
 曲のタイトルは「ビバ!ベジタボ」です。


   ビバ!ベジタボ

野菜のことをどれだけ知っている?
いつも何気なく食べてるけど
意外なことが結構あるんだよ
 「葉ネギ」の小さいものが「芽ネギ」
 赤しそを煮出した葉っぱは「緑」
 スイカは塩加えると「スポーツドリンク」
  みんな知ってるかい?
ビバ!ベジタボ ビバ!ベジタボ ビバ!ベジタボ
知らないことだらけ

野菜のことをどれだけ知っている?
いつも何気なく食べてるけど
意外なことが結構あるんだよ
  アスパラの成長スピード一日「10センチ」
  サニーレタス名前の由来は「車の名前」
  とうがんは冬の瓜と書くけど旬は「夏」!
   みんな知ってるかい?
ビバ!ベジタボ ビバ!ベジタボ ビバ!ベジタボ
知らないことだらけ

でも本当に大切なことは 夏は夏 冬は冬であること
そしてもっと大切なことは みんなにイッパイ
食べてもらうこと

久々にラジオで喋っています

 今年4月から久々にラジオで喋っています。局は静岡市のシティエフエム「FM・Hi」。
  ・番組名…「AWAY-区」(19:00〜19:30)
  ・担当曜日…毎月第1と第3月曜日の月2回
 静岡市近辺が放送エリアですが、放送エリアでなくても
   JCBA(インターネットサイマルラジオ)
          で全国どこでもお聴きになれます。

 番組コンセプトは
  ・日々の生活の中で「思うこと」
  ・皆さんからのメールの紹介
  ・現在担当をしているTV番組「ごちそうカントリー」(SDT毎日曜11:40〜11:55)でのエピソード
    などです。自由にしゃべっています。
 メールはFM・Hiホームページの番組リクエストフォームからいただけると幸いです。

スマホに感謝です

 人の成長段階って不思議だと思いませんか?自分はいつどのようにして言葉を覚え、意思疎通を図れるようになったのか、全く思い出す事が出来ません。自分が子供を授かった時、その過程をつぶさに観察出来るチャンスだったのに忙しさにかまけて機会を逸していました。そんな折、親族の1歳8ヶ月の女の子が父親と歌うシーンに遭遇しました。

 女の子はNHKEテレのアニメ「パッコロリン」に夢中で、その中で歌われた「めをとじたら」という歌が大好きです。登場人物のパックン・リン・コロンの3人が眠りに入るシーンで歌われる曲です。その曲を歌い出したのです。もちろんまだ口はうまく回りません。でも父親に優しく導かれながら一所懸命しかも楽しんで歌っています。言葉が身に付いていく素敵な段階を見せてもらいました。

 その様子を手元にあったスマートフォンで思わず動画撮影していました。ビデオカメラを用意していたらチャンスを逃していたでしょう。思いついた時にすぐ撮れる、良い時代になりました。誰もが通過していながら忘れてしまっている人生の1コマを記録することが出来ました。スマホに感謝です。

その「めをとじたら」を自分でも歌ってみました。
 ♪ めをとじたらなにみえる あかいものきいろいもの
   めをとじたらなにみえる おおきいものちいさいもの
   めをとじたらなにみえる いろんなものいろんなもの
   めをとじたらなにみえる なにみえる ♪
パックン・リン・コロンの3人が眠りに入る時に歌います。
小さい頃を思い出しませんか?

私の心に響く日本の名曲

 バンドではやらないかもしれないけど、私の心に響く歌をギター1本で歌ってみるページを作ってみました。今まで載せていた唱歌2曲もそのページに移動しました。この「見上げてごらん夜の星を」は3曲目になります。

【見上げてごらん夜の星を】
  (作詞:永六輔 作曲:いずみたく)
 もともとは働きながら夜間学校に通う若者たちを描いたミュージカルの劇中歌だったんですね。当時私は中学・高校時代。夜空を見上げながら、この曲が心に染みた想い出があります。


「未来へ続く」の会場合唱をYouTubeにアップしました
「未来へ続く」の楽譜(PDF)データを公開しました
(大沼啓延さん逝去 無念です)

 2016.5.22(日)に静岡朝日テレビ「とびっきり!しずおか」のパーソナリティ大沼啓延さんと静岡県長泉町文化センター「ベルフォーレ」でトーク&ライブイベントを開催しました。
 大沼さんは2018.5.9(水)亡くなりました。残念でなりません。

 (←写真クリックで《GALLERY》がご覧になれます)

 その際に富士山をテーマにしたオリジナル曲「未来へ続く」を演奏し、 大沼さんや奥様の相沢早苗さん、そして会場の皆さんと大合唱しました。

 (←写真クリックで動画がご覧になれます)

 「未来へ続く」は富士山世界文化遺産登録をきっかけに、富士山をリスペクトして作った曲です。その富士山に抱かれた街の一つ長泉町の文化センター「ベルフォーレ」開館20周年記念ソングとして「未来へ続く」が採用され、このイベントでお披露目しました。

 皆さんにある程度覚えてもらい大合唱した後、楽譜が欲しいという要望を頂きましたので公開することに致しました。←の歌詞楽譜画像をクリックして頂くと歌詞と楽譜のPDFデータが表示されます。そのPDF画面を右クリックして「名前を付けて保存(A)」を選んでダウンロードして下さい。50KBの小さいファイルですからあっという間にダウンロード完了です。

 「未来へ続く」の歌詞は作詞家でうんちく王として有名な杉村喜光さんの作品。「富士山」という言葉はあえて入れずに作って欲しいという無理難題に見事応えて下さいました。想いが素直に表現された詞にご注目下さい。静岡県や長泉町のみならず、心の富士山を持つ多くの方に歌って頂けたら…という想いも詰まった曲です。
 音源をYouTubeアップしています。
    ・「未来へ続く」バンドバージョン 
子供たち(児童・生徒・学生)に歌ってもらえたら最高です。聴いてみて下さい。


◎「長老カモメの伝説」の作詞者、鈴木和信さんの許可も頂きました

 この曲は今から40年近く前の1978年3月5日に開催された、ヤマハ主催の第15回ポピュラーソングコンテスト(ポプコン)東海大会の入賞曲です。
 当時静岡県内のポプコンの司会をしていた私に、ヤマハの担当者から「出場曲を歌わないか?」との誘いがありました。もちろん司会進行をしながらです。一瞬躊躇しましたが得難い経験だと思い受けることにしました。それがこの「長老カモメの伝説」でした。
 作詞は鈴木和信さん、作曲は当時高校1年生の畔柳志乃さんでした。曲の良さから入賞を果たし、グランプリ2曲と併せてコンテストのライブ音源を収録したレコード(非売品)が100枚製作されました。そのレコードからのものです。
 最近になって何人かの方からYouTubeアップの要請がありましたが、鈴木和信さん・畔柳志乃さんの消息を存じ上げませんので許可の取りようが無く諦めていました。でも現存しているレコードは極めて少ないであろうこと、今でも聴きたいとおっしゃる方がいらっしゃることから思い切ってアップしてみることにしました。
 その後何人かの方から畔柳さんらしき方の情報を頂き、連絡を取るための努力をした結果、間接的ではありましたが最終的に作曲者の畔柳志乃さんのお許しを頂くことが出来ました。
 また作詞者の鈴木和信さんの奥様からメールを頂戴し、ご主人も驚きながらも懐かしんでいらっしゃるというお話を伺いました。「これからも歌い続けてくれれば嬉しい」とのお言葉も頂きましたのでこのままYouTubeに残しておこうと思います。
 今ではバンド活動が生き甲斐の私ですが、それまでは人前で歌ったことなどほとんどありませんでした。歌声が震えているのが、当時司会をしながらのプレッシャーを物語っています。なにせ古いレコードですのでスクラッチノイズ(プチプチ音)はご容赦下さい。


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